雲仙普賢岳の災害から25年

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本日6月3日。雲仙普賢岳の噴火から25年経ちました。

25年前というと、私がまだ4歳の時だった。家の庭から普賢岳の一角が見えており、うろ覚えではあるが、山から黒い煙が上っているのを覚えている。また自衛隊のヘリも飛んでいた事も覚えている。

この時はまだ子供の時で、何が起きているのかは分からなかった。成長するのと同時に雲仙普賢岳が噴火して土石流が起き、家が土砂に埋まったり、流されたと教えられた。

そして今日は島原市で普賢岳の噴火の土石流で犠牲になった人達の追悼が行われた。

犠牲者は43人。本来なら市民の避難は出来ており、死者が出る事はなかったという。
なぜ犠牲者が出たかと言うと、マスコミが避難して空になった家に無断で入り、消防や警察が呼び戻しに行った際に噴火が起き、土石流に飲み込まれ、犠牲になったという。

当時のマスコミは滅茶苦茶でそれ以降はマスコミも規制がかかるようになったそうだ。

この地元で起きた災害を風化させない為にも子供に伝えていかなければならない。子供が大きくなったら、資料館や大野木場小学校(土石流に流された学校跡)に出かけないといけないな。

現在の普賢岳の溶岩ドームも不安定な状態で、いつ崩落するか分からない状態でもあるようです。2ヶ月前に熊本で地震が起き、雲仙にも活断層があり、またいつ災害が来てもおかしくないかもしれない。

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