ずぼらママでも結局すべてうまくいく

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「ずぼら力」とは全てを完璧にやろうとせず、どうしても気を遣わなければいけない所は遣い、手を抜ける所は極力手を抜く「よけいな事をきにせず楽しく生きる力」の事を言います。

「ずぼら」はもはや恥ずべきことではなく、楽しく生きていく為のサバイバルスキルと言ってもいいぐらいです。

子育てで完璧を追究する事は不可能。多少手を抜いたり大雑把の方が上手くいくと言う事ですね。

子供の頃は「誰とでも仲良くしなさい」と言われたり、「1年生になったら友達100人出来るかな」という歌もありましたが、あれは一種の洗脳みたいなもので、そういう道徳観を植え付けられて育った私たちは大人になっても「誰とでも仲良くしなければいけない」と思い込みを持ったり、子供にも「お友達と仲良くしなさい」と言ったりもしなす。

しかし、大人になれば「それは無理がある」という事に気づく。

大人でもどうしても気の合わない人や、何故か会話がかみ合わない人、そんなに話した事もないのになぜか「この人苦手」って人がいたりします。そんな時は相手も同じ事を考えていると思いますが、それはどちらが悪いわけではない。よく「波長が合う」と言いますが、本当にその通りで、きっとっ自分と違う周波数を出しているのでお互いに理解出来ないだけである。

確かに子供の頃は人生の経験値が少ないので色々な人と接する事は大事ですが、子供が「あいつとは気が合わない」と言っていたら「仲良くしなさい」とは言えない。最近では「色々な人が居るからね~」と言うくらいでいいのである。子供でも気が合わない子とは距離を取らせていいのです。どんなに気が合わなくとも無視するのはダメだが、挨拶と。話かけられたら返答するというごく普通の対応をして、無理に仲良くなろうとしなくてもいいのではないか。

周波数の合わない人とは最低限の付き合いでオッケーであり、とりあえず挨拶だけちゃんとしておけばいい。仕事でどうしても話さなければいけない人には明るい挨拶と仕事の話だけでいいのである。それ以上何も要らない。シンプルなのが一番です。

なんだか近くに居るだけでイライラする! という人は自分の世界から追い出すのも手。とは言っても意地悪して」何処かへ追いやるのではなく、自分の心の中から追放するという事です。

私個人的にもこの考えは合っていると思う。無理に仲良くするのではなく必要に応じ接するぐらいが丁度いいと言えます。

例えるならば、ドラえもんのいつものメンバーと出木杉くんみたいな感じだ。出木杉くんは毎回出てくる事はなく、必要に応じて出てくるっという感じである。

 

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